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ビッグモーターと知床遊覧船を指導したコンサル会社「武蔵野」とは? 経営者小山昇の著書『絶対に会社を潰さない強い社員の育て方』を読んでみた

コラム

不祥事続きで話題となった中古車販売大手ビッグモーター

その経営計画書に記載された「今すぐ辞めてください」や「生殺与奪権」などの過激なワードが、ネットでも有名になりました。

この会社の経営指導を行った事がある会社が「株式会社武蔵野」。2022年に事故を起こした、知床遊覧船の経営指導も行っていたため、ネット上ではヤバイ企業の様に取りざたされるようになりました

とはいえ、こういうものは案外「ネット上で根拠ない噂が流れ、面白可笑しく炎上しているだけ」という可能性もあります。

そこでこの記事では、「株式会社武蔵野」の出版している書籍『絶対に会社を潰さない強い社員育て方』を実際に読んでみた感想に、ネットなどの情報を交えつつ、所感をまとめます

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『絶対に会社を潰さない強い社員の育て方』まとめ

本書の感想まとめ

  • 本書は「現代日本の制度や労働者の思考を巧みに利用し、労働者の人生を全て会社にコミットさせる手法」の解説書だと感じた
  • ビッグモーターを彷彿させる内容が多い
  • 賞与を使った労働者のコントロールは惚れ惚れするレベル
  • 罰金など「違法なのでは?」と思えてしまう記述も多く、悪用すれば企業犯罪につながる
  • 一見倫理観に欠ける記述は経営者向けとしては優秀とも言える
  • 一部のブラックに感じられる点を除くと、全体としては真っ当な手法も多い
  • 違法でなくても、手法を悪用すればブラック企業になる事は間違いない
  • 手法や会社行事などからは「昭和の社風」を感じられる
  • 少なくとも、私ならこの会社で働きたくはない
  • ビッグモーターや知床遊覧船との関係は、一応公式でも認めてはいる
  • この経営をする中小企業が増えるほど、日本は欧米にはついていけないのではと思う

『絶対に会社を潰さない強い社員の育て方』を読んでみた

帯から既にビッグモーターっぽい

実は「どうせ、ネットで噂になってるだけで、実態は平凡なコンサル会社だろう」と軽い気持ちで思って手に取った『絶対に会社を潰さない強い社員の育て方』

帯からして、期待は大きく裏切られることになりました

「賞与が224万円から8400円」「3回昇格し3回降格」それでも社員が元気に働けるしくみ

引用:『絶対に会社を潰さない強い社員の育て方』

ビッグモーターかと思いました

とはいえ、ビッグモーターと比べたら、金額はそれほど極端ではありません昇格や降格についても、合理的事情があれば「一般的でない」のは確かでも「適切ではある」かもしれません。

「社員のやる気をうながす」の5つの要素

表紙をめくると先頭に出てくるのが「社員のやる気をうながす」5つの要素。

列挙すると以下の通りです。

  1. 会社の方針:明確にして、みんなで共有する
  2. 環境整備:徹底的にやる事で、人を育てる
  3. 給料や賞与:評価体系を決めて、明確にする
  4. 社員教育:時間とお金をかけて、他社と差をつける
  5. 幹部社員・管理職育成:いまいる社員を、幹部社員に育てる

本書は、序章の「社員のやる気をうながす」に続き、上記5つの要素で章が構成されています

しかしこの内容、ビッグモーターの件を知っていると、「環境整備」として樹木を枯らしていた事や、「会社の方針」の背景に書かれていた「経営計画書」が気になりました。

序章「社員のやる気をうながす」ことを決定する

序章では、先に上げた5つの要素が、全体的に広く浅く紹介されています。

それを読む限りでは「3回昇格し3回降格」について昇格や降格のルールは明確化されており、一般的ではないものの、合理性は感じられました

その他も、賞罰にの明確化などは、社員のやる気を引き出すための仕組みとして当然悪くないかと思います。

ただ、以下の様な点については、違和感を覚えました。

賞与は、相対評価なので、「誰かが落ちれば、自分が上がる」ことになる。したがって、人の不幸に「おめでとう!」と喜びます。
ただし、不幸を喜ぶといっても、あくまで「仕事」に対して評価しているのであって、「社員の人間性」を非難しているわけではありません。

引用:『絶対に会社を潰さない強い社員の育て方』

いくら「仕事」の評価であても、これについてはちょっと人間性が好きになれそうもありません。「社員の人間性」でなくても、人の不幸に「おめでとう!」と言い合う職場で働きたいとは思えません。

私は「奥さんには内緒にしてあげるから」と、言いつつも、「B評価に落ちたのは、早期勉強会に出なかったから」と、自宅宛てに小駒健太郎様と書いたハガキを送った。

引用:『絶対に会社を潰さない強い社員の育て方』

現代ならパワハラで訴えられてもやむを得ないレベルです。ただ、社員と社長との関係性が私にはあまりわからないので、このくらいの事ができる仲の良さを作っている可能性は高いです。実際、後述しますがコミュニケーション重視や「大家族経営」という社風からも、パワハラにはなりにくいのかもしれません(その社風などが好ましいかは、人によりますが)。

また、小山昇さんにはそれなりに見るべきところもあります。

清岡常務に成果の出せる仕事をさせなかったのは、社長の責任である。連帯責任として、わたしの給料も50万円下げる

引用:『絶対に会社を潰さない強い社員の育て方』

この記述からは、少なくとも「金さえ稼げれば、責任は部下に押し付け」というわけでは無い一面はありそうです

第1章「社員の給料や賞与に関する方針」を決定する

ここでは、評価体系や給料体系の決め方が述べられています。

評価体系については、武蔵野で行われている内容を例にその手法が述べられている感じです。一方、給料体系については「こうすべき」と言った感じで、基本給や賞与の決め方まで掲載されています。

ただ、その内容がかなり経営者に有利であり「労働者にとって不利な物」が所々に感じられました(経営者向けの書籍なので、当たり前ですが)。

例えば、評価体系の決め方では、「全員が納得する評価体系はない」というのは非常に納得がいく内容です。しかし、その結論は「文句を言わせないしくみ」で対応となっています

また、「降格にも明確なルールがなければいけない」という部分では、確かに明確なルールで昇格・降格をさせている事は好感が持てますが、以下の点で信憑性が揺らぎます

どうしても降格させなければいけないときは、現在のポジションから把持して、その社員の成績が絶対に上がらない別部門に異動させます。
そうして、「あの業績ではしかたがない」という同意や社内的な雰囲気をつくる。そこまで用意周到にやって、はじめて「降格」できる。

引用:『絶対に会社を潰さない強い社員の育て方』

無理やり評価を下げられるのであれば、果たして明確に作ったルールが適正に運用されているのかが疑わしいです。もちろん、やむを得ない事情はあるかもしれませんし、少なくとも武蔵野では問題にならない程度に活用されているのだと思います。しかし、この記述を真に受けた中小企業が、これを絶対に悪用しないとは思えませんし、会社に逆らえないようにするための強制力にも利用できてしまいます

更に、「個人面談で社員の不満を取り除く」という内容も、以下のようになっています。

「人事評価は何だと思いますか?」
「A評価だと思います」
「前回もA評価でしたよね? でも、今回は自己採点が下がったのに、どうして同じA評価だと思うのですか? 12点も下がったらB評価では?」
「そうですね」
「では、今回はB評価です」

このように、「武蔵野」では個人面談で評価が下がった事を認めさせています。
大事なのは、「1点でも下がったことを」本人に認めさせることです。面談を行うことで、不満を回避し、自分が悪い事を認めさせる。

引用:『絶対に会社を潰さない強い社員の育て方』

これは「個人面談で社員の不満を取り除く」ではなく「誘導尋問で、逆らえない言質を取る」といった方が適切と感じられます

しかもこの引用の「大事なのは、「1点でも下がったことを」本人に認めさせることです」については、本書でも実際に太字となっており、そこを重要視していることが読み取れます。少なくとも、私がこのような面談を受けたら、不満が余計に高まります

ただ、全体としては比較的まともな仕組みが書かれているとは感じました。社員に対する「業績」と「プロセス」の評価の仕方や、給料や評価形態を明確化し、イントラなどでわかるようにするなどは、一般的な企業で行われている内容と乖離しているわけではありません)。

第2章「社員教育を徹底する」ことを決定する

まず、武蔵野の考え(「はじめに」の部分)では、人材に対する考え方は以下のようになっています

もともと、中小企業に「優秀な人材」は必要ありません。優秀な人材を採用しても、すぐに辞めてしまうでしょう。
中小企業は、「それなりの人材を採用して、しくみをつくって、方針を明確にして、愚直に同じことを繰り返す」しかありません。

引用:『絶対に会社を潰さない強い社員の育て方』

つまり、優秀ではない人材を採用して、その採用した優秀ではない人材を、徹底的に教育します。

この点に関しては、武蔵野は44期の粗利益約25億円の内、教育研修費に約1億円をかけており、銀行からも教育研修費にかけすぎているという程に教育熱心です。更に、お金だけでなく、平成3年には全社員平均で年間300時間、月に25時間も社員教育に時間をかけている事からも、非常に教育熱心な会社であるという事ができます。

ただ、その教育熱心さについては、少し不透明な部分もあります。

例えば、早朝勉強会。これは名目上「自由参加」という形式ですが、出席状況に応じて賞与の評価に反映されます。そのため本書にも『実際には「強制的に参加させている」』と書かれています

となると「果たして給料が支給されているのか?」が気になります。もしも、これを読んだ中小企業で、

  • 「自由参加」だから給料は払わない
  • 勉強会が賞与へ影響することは合法(他の会社もやってる)
  • しかし、賞与が大幅に変動する会社なので、強制的に参加せざるをえない(社長も強制参加だと認めている)
  • この「自由参加」の勉強会を、年間300時間行っている(実際には、勉強会以外にも強制参加のイベントが掲載されていました)

という状況が発生したら、果たして裁判になっても大丈夫なのでしょうか? 仮に裁判で勝てたとしても、私はこんな環境で元気に働く社員にはなりたくありません(下手すると、毎月25時間強制サービス残業)。

更に、早朝勉強会といっても、技術研鑽のように社員に直接還元される内容ではありません。早朝勉強会は、45分で「経営計画書」と『仕事ができる人の心得』の唱和を行い、続く15分でその日とりあげた用語に、社員が感想を言うという内容です。

私は決して「経営計画書」や「マインドセット」の唱和が悪いとは言いません。社員が方向性を合わせる事や、日々の心がけを確認する事は、ブレない仕事をするために効果はあると思いますし、有名企業でも社訓の唱和などは行われる事があります。ただ、それが「自由参加という名目の、実質強制参加」でありしかも「全体で1時間も行う」となるのであれば、やはり参加したくないとしか言えません。

もちろん、この書籍は経営者向けの書籍なので「労働者をどうコントロールするか?」という観点からするといい手法です。が、こういった点で全ての会社が倫理的に動くというのは性善説に立った意見です。当然、企業によっては企業犯罪の温床になり得ます。

また、今まで読んできた内容も加えて判断すると経営計画書」と『仕事ができる人の心得』の唱和を繰り返させることは、労働者にとっての不利な状況を認識させない思考にするためと私には思えました。内定者向けの「名刺交換のロールプレイング(感謝の気持ちが含まれていないと不合格で、長いと5時間続く)」なども、入社時点で特殊な通過儀礼をおこない、価値観を強制しているように感じられます(「通過儀礼=悪」とまでは思いませんが)。

第3章「会社の方針を共有する」ことを決定する

会社の方針の作り方については、合理的だと思いますし、あまり大きな問題点は感じられませんでした

例えば、会社の「方針」や「改善計画」については、良いアイデアは現場の社員が持っていると考え、経営計画を作るチームへの参加は事業部や職歴に関係なく自由です。また、自由参加であることもあって安易な多数決に走らないような配慮もされています。この活動を通して、事業部を超えた社員同士のつながりができる点でも、会社全体としてメリットがあると感じました

サンクスカードの導入についても、社員同士のモチベーションやコミュニケーションに一定のメリットはあるかと思いますし、そこにインセンティブを付けて奨励する事も悪くはないと思います。

また、古臭いと敬遠されがちの手法ではありますが、社長を入れての飲みニケーションなども、社長との心理的距離間を縮める手法としては、まともではあると思いますし、上司と部下の関係性を深めるための飲みニケーションの推奨も同様です。

ただ、「公式な懇親会だけで年60回、非公式でも約10回」という飲みニケーションの回数は、いくらコミュニケーション重視とは言え、過干渉過ぎる「仕事>私生活」という経営者に都合が良い思考を強制するためではとも感じられます

また、「社内行事」として行われる「社内バスウォッチング(武蔵野の各事業部を大型バスで見学する)」や「創業者の墓参り」などが人事評価の対象となっています。人事評価の対象という事は、これら「社内行事」も勉強会と同様で、事実上ほぼ強制参加と言えます。とくに社内バスウォッチングは見学して気づいた事・改善すべきことを最低50個書いて提出するという課題も課せられるため、これを仕事と言わないのは無理があるのではと思います。

もちろん「自由参加=無給」とは言っていないので、武蔵野では給料が支給されるなり、何らかの配慮がされているのではと思います。ただ、この記述も悪用すれば「無休で社内行事と称して仕事させれば、週50時間でも合法的にサビ残させられる」と解釈する中小企業が出てもおかしくありません。

ちなみに、章のタイトルは「会社の方針を共有する」ですが、半分程度が「方針の共有」と直接は関係が無いように感じられました

第4章「幹部社員・管理職を育成する」ことを決定する

まず、前提として、武蔵野では以下の様に考えています

大企業ならば、「幹部としての素養」を持った人が入社してくる。けれど中小企業ではなかなか難しい。優秀な人は中小企業にはなかなか来ない。
また、中途で優秀な人を引き抜こうにも、そうした人は事情にはなかなかいないし、仮にいても「武蔵野」の風土に合うかは別問題です。

引用:『絶対に会社を潰さない強い社員の育て方』

この点は、かなりリアルだと思います

武蔵野以外の中小企業も、今の社会構造であえて優秀な人がやってくるケースは少ないでしょうし、今までの内容を踏まえると、とくに昨今の優秀な人なら「武蔵野」の風土は合わない可能性が高いかと思います。私はリーマンショックで就活した世代ですが、その不況時でさえ身近な優秀な学生は、就活時に中小は見向きもしませんでした(しかも、優秀とはいえ3流大のトップです)。

また、幹部候補の社員をある程度荷の重い仕事で鍛えたり、幹部社員は努力よりも結果が重視されるべきという考え方も現実的な内容だと思います。

この結果重視の体制が、ビッグモーターでは不祥事につながったとも言えますが「結果ではなく努力が重要である」などといっては、多くの会社は潰れてしまいます

ただ、気になったのは「正社員の2分の1が課長職以上ということ。「肩書だけの『名ばかり課長』で、残業代をカットしているのでは?」と思ったら、直後にこんな文章がありました。

一般社員10人に課長1人というケースもあるでしょう。しかし、そうなると残業手当が増えるばかり。不思議なことに勤労意欲も下がってしまう。

中略

対外的にだますつもりはありませんが、「課長には部下がいなければいけない」という法律はどこにもありません。スタッフ職の部長・課長には部下がいません。

引用:『絶対に会社を潰さない強い社員の育て方』

書き方からすると「部下もいない課長に昇格し、残業代は払わない」とも受け取れる記述です。また、「課長職(幹部社員)以上は○○」といったルールが武蔵野には複数存在します。それを適用するためと考えると、労働者側から考えると余計に不都合な人事です。

もちろん、武蔵野では「スタッフ職の部長・課長は残業代ゼロ」などとは言っていませんので、適法に処理されていると思いますが、やはりこの手法も経営者によっては「名ばかり管理職の推奨」と認識してもおかしくないでしょう。

ただ、肩書を持つことによって、仕事に対する責任感が向上し、世間的には「部下がいる立派な人」と思われる点は事実です。そういった狙いとしては、やや未熟でも管理職にするメリットはあるかと思います

第5章「環境整備を行う」ことを決定する

「環境整備」と言われると、ビッグモーターの関係で街路樹の問題を思い浮かべる人も多いはず。

ただ、武蔵野の環境整備は、毎朝30分の掃除という真っ当な内容でした。

環境整備は整理整頓や、気持ちよく仕事ができる環境、ムダな物の洗い出しというだけでなく、「落ちこぼれであっても、掃除なら職場で一番を目指せる」という、社員の自信につなげるという目的もあり、メンタル面を含めた社員教育としても活用されているようです。

1点だけ気になるのがあえて「環境整備を強制する」と書かれていること。本来、仕事としてやらせるのであれば、あえて「強制する」と書く必要は無いはず。そして、これが賞与に絡んでいるのです。

となると、ここまでの章を読んだ人ならああ、自由参加(労働ではない)にしたうえで、賞与を使って強制するのね」と判断する可能性があります

もちろん、経営指導された会社で無給の清掃が問題になったら「そんなことは書いていない」というのが本書の事実なのですが、こういった点でも倫理観に欠けた手法を実施してしまう企業があってもおかしくありません

ちなみに、本書に掲載されていた環境整備に「敷地のまわり10mにゴミが落ちていない。」という、点はビッグモーターで問題になった項目と類似していました(流石に、落ち葉一つで減点という物理的に困難なことはしていないと思いますが)。

『絶対に会社を潰さない強い社員の育て方』の全体として

労働者にとっては残念な経営者の現実

私の印象では「現代日本の制度や労働者の思考を巧みに利用し、労働者の人生を全て会社にコミットさせる手法」が、本書の内容です。結果的に、経営者としては合理的ですが、労働者としては残念な要素が多いのです。

そのため本書を労働者が読むと、マイナスの印象を受ける人が多いかと思います(本来、労働者はあまり読まなさそうですが)。

ただ、そもそも労働者と経営者は仲良しが前提の存在ではありません。敵とまでは言いませんが、利害関係が対立する事もある立場であるため、そういった意味では「逆らわず、意のままにコントロールできる労働者」の方がありがたいのが、多くの中小企業経営者の本音だと思います。

もちろん、優秀な人材であれば、多少の反発があっても会社の利益になる可能性はあります。優秀な人材を繋ぎとめるため、労働者にありがたい環境を整備する会社もあると思います。

ただ、本書ではそもそも「中小企業には優秀な人材は入ってこない」という前提です。結果的に「どうやって、不誠実・不純な人材を、最大限仕事に取り組ませるか?」という仕組みが、本書では展開されていたと感じました。

多過ぎる罰金は違法ではないのか?

本書の中では以下の様に無数の罰金が登場します。

  • 方針書をなくすと罰金10万円
  • 禁煙手当を貰ってる人が喫煙したら、3倍で返金(課長以下30万円、課長以上60万円)
  • 面談で時間が余ったら1分あたり100円の罰金
  • 幹部社員は月20枚以上のサンクスカードを出さないと罰金5000円
  • 社内行事の『社内バスウォッチング』で提出した気付き・改善点が50個に満たなければ、足りない数だけ1000円罰金
  • 社内行事の『社内バスウォッチング』で気付き・改善点の提出が遅れたら遅延金として1000円の罰金

これが本当に罰金だとすると、労働基準法16条に違反する可能性があります

流石に、犯罪の告白書を売るとは思えないので、恐らくは「減給」という形で対処しているのかと思いますが、それであっても果たして合法の範囲なのかはちょっと読み取れない感じはありました。

例えば、減給の場合も労働基準法91条では「ひとつの事案における減給額は平均賃金の1日分の半分以下、複数の事案における減給の総額は一賃金支払い期の賃金総額の10分の1以下のものでなければならない」となっているため、課長以上の禁煙手当違反である60万円をどうやって支払わせているかは疑問です。賞与の減額で回収しているのかもしれませんが、その場合は賞与が高いのは、要するに罰金の回収用という可能性もあり、合法ではあってもやはり働きたくはない環境です。

また、ノルマの未達に対する減給は、労働契約、就業規則、労働協約などで定める必要があります。また、いくら定めたとしても、労働基準法や最低賃金法に違反する場合、あるいは公序良俗に反する場合はやはり違法の可能性が出てきます

とはいえ、本で自らの違法性を告白するとは思えないので、武蔵野では適法に処理していると思います。が、この内容を素直に受け取った結果、ビッグモーターの様に違法となる会社が出てもおかしくは無いです。

「賞与」を使った労働者の統制は天才的

武蔵野では「勉強会」「環境整備」「社内行事」などで「自由参加」のものが多くあります。そして、自由参加の物事を賞与の評価に使い、更に賞与の額を評価で大幅に変動させることで、徹底的に強制参加にしています。

更に、賞与については「はじめに」の部分でこのように書かれています。

社員教育を徹底している私は、いつも、こう言っています。
「賞与はオレが払っているのだから、賞与の支給日はみんなオレに感謝しろ」
賞与の支給日には、過去最高額の賞与を手にした社員からも、前回より80万円アップした社員からも、40万円ダウンした社員からも、半額に減額された社員からも、「ありがとうございます」のメールが届きます。

引用:『絶対に会社を潰さない強い社員の育て方』

「賞与はオレが払っている」の理論も、頭の悪い私には理解不能ですが(根拠は書かれていません)、結局のところ、「賞与」に対して社員が感謝するよう思考をコントロールしています。

しかし感謝したところで、武蔵野は相対評価です。つまり、誰かの賞与が増えれば誰かが下がる。どれだけ競いあい、社員全体が社長に貢献して見せた所で、社長の懐はたいして痛まないのです(むしろ社長が儲かる可能性も十分ある)。

それでも社長の思想に疑問を抱かない社員は、どこまででも「自由参加」で努力してくれます。ここまで現代日本の「賞与」を使って労働者を統制するシステムを思いつくとは、もはや天才かと思いまいました

絶対の正解は無いから、武蔵野とタイプが労働者もいるとは思う

ここまで「経営者向けだから、労働者には不利な内容が多い」といった内容を述べましたが、あくまでこれは私の価値観です。

昨今は「会社の言いなりは嫌」「会社行事は面倒」「社訓の唱和は古臭い」と考える人が増えていると思いますが、一方で「一致団結し、人生を会社の一員として過ごしたい」という昔は比較的多かったタイプなら、武蔵野の環境は労働者でも向いていると思います。飲みニケーションの重視や社員旅行などからも、「昔ながらの体育会系のノリ」が感じられますし、会社の求人ページにも社風について「大家族経営」と書かれていました。

経営手法に絶対はないと思います。少なくとも、絶対の正解があれば経営系の書籍が世に溢れかえる事は無いはずです。武蔵野とは真逆のような経営方針の会社もありますし、方針が多様だからこそ、それに合った人材が、それぞれの会社に集まります。

そういった意味では、「周囲に合わせる人」が多い日本人の性質を考えれば、武蔵野の経営方針はむしろ成功しやすい内容ではないかとも感じました(もちろん、それぞれの会社が合法の範囲で適用する必要はあります)。

ビッグモーターの失敗を考えてみる

『絶対に会社を潰さない強い社員の育て方』を読んで思った事は、多くの点がビッグモーターと共通しているという事実です。

ですが本書の内容には「違法である」とまで言えるものはありません(内部調査を行ったわけではないため、罰金などの違法性を完全に否定はできませんが)。むしろ、経営者の本音・リアルが詰め込まれた書籍で、全体としてはまともと思える割合が多かったです。

また、ビッグモーターが全てを武蔵野と同様に行っていたかと言えば別です。例えば武蔵野では評価体系に対する透明性は確保している一方、ビッグモーターでは就業規則の手続きをふまずに降格処分を繰り返し行っていました

ビッグモーターが違法になったのは、本書と類似した内容を、拡大解釈して実行したからです。その結果、社内で違法状態が蔓延しました。それでもいざとなったら「社長や幹部は知らなかった」で押し通してしまえば、問題は上に波及しないという無責任な考えです。

包丁が料理にも殺人にも使えるように、ビッグモーターは「武蔵野(小山昇)のノウハウ」というツールを悪用し、不祥事へつながったと、本書からは感じられました。

そういった意味では、『絶対に会社を潰さない強い社員の育て方』を始めとする武蔵野(小山昇)のノウハウは、企業成績を大きく向上させられる可能性もある一方、社長が善良かつ優秀であるという性善説に立たないと、社会問題にもなりかねない劇薬としての側面も持っていると思います。

株式会社武蔵野の情報

念のため、株式会社武蔵野の情報について公式HPからまとめます。

公式の「武蔵野」の会社概要

主な内容は「経営コンサルティング事業」と「環境衛生事業」です。環境衛生事業については、株式会社ダスキンの東京第1号加盟店として、1964年より営業しています。

創業は1956年で、今回紹介した『絶対に会社を潰さない強い社員の育て方』の著者、小山昇さんは、1989年から社長に就任しました。

「売上高・実績」に関する情報は、グラフから2018年から更新が止まっているように見えますが、そのページの実績では、以下の様なものが挙げられています。

  • 18年連続増収
  • 日本経営品質賞2回受賞
  • 指導企業の倒産数0社
  • 指導企業750社の内450社で過去最高利益達成
  • 平成29年度(第35回)IT賞でIT奨励賞受賞
  • MCPC award 2017受賞

私は、経営関係はサッパリなのでどのくらい凄い実績なのか評価が難しいですが、倒産数0社というのはなかなかの成果ではないでしょうか。

一方で、750社の内450社で過去最高益達成というのは、一見凄いと思いましたが、最高益を達成できないとしたら、成長せず横ばいか縮小という事になる(バブル時代などで過去に高い利益を出した企業は話が別ですが)なので、倒産数0社であればこのくらいなのかなとも思います。

武蔵野の求人情報

2023年8月13日時点の求人を確認したところ、新卒向けで30~35名の募集が行われていたようです。

武蔵野の社員数は800名とのことなので、この人数は新卒採用の人数としては妥当なところです。少なくとも、既に入社している社員の離職の可能性が非常に高いとか、採用した社員が直ぐに辞めてしまうという可能性が高いわけではありません。

気になったのが「入社条件」。例えば、入社式前の1年間で色々な行事があります。

  • ルート体験同行(仕事体験)
  • 5月上期政策勉強会
  • 7月全社員勉強会
  • 10月内定式(必須)
  • 11月下期政策勉強会(必須)
  • 12月セールス研修(必須)
  • 1月全社員勉強会(必須)
  • 4月入社式(必須)

まさか、無給という事は無いかと思いますが、先に書籍の内容の合宿などを読んでいると「卒論で忙しい人には厳しいのでは?」と思えます(案外、楽な内容に変化しているかもしれないですが)。

また「男性は必ず一人暮らし、女性は通勤に1時間以上かかる場合は一人暮らしをすることを条件とする」という点も、何故そこまで一人暮らしにこだわるのか分かりません(しかも、なぜ男女別?)。武蔵野には「親孝行手当」というものがあるので、家族関係を断たせるのが目的という事は無いはずですが、現在の貧しい若者の事情を考えると、経済的には実家暮らしできた方が有利ですし、選択肢が狭まる以上、ありがたい条件ではありません

このような疑問がある上に、「入社条件」の最後に「その他もろもろ…」と記述があるので、正直私なら試験は見送ると思います

とはいえ「求める人物像」に「同じ価値観(社風や考え方を理解できる)人、素直な人を優先的に採用する」と書かれているので、書籍を読んだ感想でいえば、私にはあわないのが明らかです

「武蔵野」のSNSなどの情報

根拠としては弱く、攻撃的な意見が氾濫しやすいSNSですが、公式だけ確認するのも一方的なので、SNSなどの情報からも武蔵野を確認してみてもいいでしょう。

以下の記事に、武蔵野に関するX(旧Twitter)の情報が多くまとまっていました。かなり過激な内容もあり、全てを鵜呑みにするのも危ないので、明確な根拠が無い情報は「こんな噂もある」くらいで読むといいでしょう。

株式会社武蔵野はビッグモーターの経営計画書や環境整備などの指導を行ったのか?

「ビッグモーター」と「武蔵野」関係性については、神戸新聞が武蔵野に質問を送付したところ、以下の様な解答がありました。

Q.貴社サイトの「お取引先企業様」の一覧にビッグモーターも含まれていますが、経営指導をされていたという認識で間違いありませんでしょうか。また、時期はいつ頃からでしょうか。

A.弊社主催の研修・セミナー等にご参加いただいていたという経緯です(※時期については明らかにせず)

Q.ビッグモーターの「経営計画書」は貴社の監修・指導のもと作成されたものでしょうか。

A.経営計画書作成につきましては、セミナーにご参加頂いた事はございます。セミナーでは、作成する意味・目的、またその概要について説明しております。またセミナー参加後に作成された経営計画書は、弊社では把握しておりません。

引用元:ビッグモーター「社長の絶対君主制」「まるで刑務所」の社風に影響が?経営コンサル会社を取材

つまり、公式の解答では「個別に直接的な指導を行った」「経営計画書の内容に直接関与した」とは回答していません。一部で「経営計画書を指導した=経営計画書は、武蔵野が書いたもの」と言われることもありますが、あくまで公式見解ではセミナーを通じて指導した事はあるが、経営計画書の内容を把握しているわけではないとなっています。

ただし、具体的な指導内容までは不明瞭です。

例えば、「研修・セミナー等にご参加いただいていた」の「等」の部分に「個別の指導」があったとしても、「個別の指導をしていない」とまでは言っていないため、嘘にはなりません

また、万が一経営計画書の指導を行っていたとしても「明るみに出てしまったら、調査不足について陳謝する」などの論点ずらしをした方が「最初から認めてしまうより」は合理的です(このくらいの判断は、それこそビッグモーターの記者会見でもありました)。

グレーな実例でいえば、知床遊覧船の事故直後も、ダイヤモンドオンラインに掲載されていた知床遊覧船関連の記事を削除要請したことがあります。ただ、会社の評価が下がるものを削除するのは、他の会社でも普通にやる事だとは思いますし、記事の公開停止が不適切と判断し、記事は再公開されています。

ちなみに、この記事を読んでみると「確かに、知床遊覧船に関わってはいるが、それほど悪いイメージは与えない」といった印象ではありました(だからこその再公開とも言えなくもないですが)。

結論をまとめると「公式見解では、研修・セミナー等には参加してもらったが、経営計画書の内容は把握していない」一方で「第三者機関の調査があったわけでは無いため、背景も考えると疑念が払拭しきれない」というものです。現時点では、白よりのグレーかなとは思います。

『絶対に会社を潰さない強い社員の育て方』は『経営者向け』としては優秀と言えるかもしれない。が……

日本はブラックな労働環境が許容されてしまい、労働者側の権利の主張が乏しい環境です。この環境を活用して社員をまとめ、合理的に経営者が利益を追求する目的であれば、必ずしも間違った内容ではないと思いました。

「いかに社員を徹底的に使い尽くせるように育てるか?」という観点で、多くの経営者はここまで徹底的した判断はできません。そういった意味では、本書の内容はむしろ経営者としては優秀だとすら思えます

ただ、それが世間的に「倫理的な(ホワイトな)環境」に見えるかと言えば別です。

労働者として働きたい環境かと言えば更に別です。

また、書籍の解釈・利用方法によっては、巨大ブラック企業(ビッグモーター)が完成してしまう可能性があります。少なくともビッグモーターが「研修・セミナー等に参加していた」という事から、武蔵野の指導内容を悪用した中小企業で、ブラックな職場が作られてしまったことは事実です。

ただし、先述した通り、武蔵野の指導した企業は公式HPの情報で750社です(グラフが2018年なので、現在はもっと多いはず)。その指導した企業で大きな不祥事を起こした企業は2社、つまり約0.26%以下です。これをやむを得ない数値と見るか、それとも氷山の一角と捉えて危険視するかによっても、評価は大きく変わるでしょう。

とはいえ、このような経営手法が一般的な中小企業で広まれば、それが「良い(利益が高い)会社」につながっても「良い社会」につながるとは私には思えませんでした。労働者を会社の為に使い尽くして利益を上げるというのは、言ってしまえば「40時間の労働」よりも「80時間の労働」の方が、収入が多いという当たり前すぎる話です。少なくともこのような手法で人材を使う企業が増えるほど、日本はより一層欧米の生産性には近づけないと感じます

コラム