【世界遺産】「旧王立海軍大学」の観光情報と、実際に観光した感想
この記事では、世界遺産である海事都市グリニッジにある施設「旧王立海軍大学」の観光情報と、中学生以下の英語力で観光した際の内容をまとめます。
「海事都市グリニッジを観光予定の方」「旧王立海軍大学に興味がある方」などの参考になれば嬉しいです。
旧王立海軍大学の基本情報
- 費用:礼拝堂とビジターセンターは無料。ペインデッド・ホールはオンライン予約で15ポンド。
- 所要時間:60~120分程。私はペインテッド・ホールのみをオーディオガイドを使って見学して約90分。
- 日本語対応:ペインデッド・ホールは日本語オーディオガイドあり。
- 見学日時:10:00~17:00(12月上旬~2月上旬頃休館。その他閉館や時間変更あり)
- 写真撮影:可(フラッシュ、三脚などは不可)
※詳細は変更の可能性もあるため、訪問前には公式HPなどの情報をご確認ください
旧王立海軍大学までのアクセス
旧王立海軍大学の住所は「London SE10 9NN」です。世界遺産「海事都市グリニッジ」のエリア内に立地しています(詳細はこちら)。
最寄り駅は「Greenwich」または「Maze Hill」。ロンドンの中心地の方からだと「Greenwich」の方が近いため、鉄道で訪れるなら「Greenwich」側かなと思います(バスを使った方が最寄まで行けて安い可能性はあります)。
旧王立海軍大学は、複数の建物の集合体で、観光地としては「ペインデッド・ホール」「礼拝堂」「ビジターセンター」、その他に「グリニッジ大学」「トリニティ音楽カレッジ」などがあります。
ちなみに「ペインテッド・ホール」も「礼拝堂」も大きな正面玄関のようなものはなく、入口が小さいので少しわかりにくいです。観光の際は、Googleマップで確認することをおすすめします。
旧王立海軍大学とは?
旧王立海軍大学は、主にクリストファー・レンとニコラス・ホークスムーアによって設計され、1696~1751年にかけて建てられた、バロック様式の複合施設です。
この建築プロジェクトは財政難見舞われ、1702年には負債が19000ポンドにもなったそうです(ちなみに、ウィリアム3世が寄付するとした金額は年2000ポンド)。
元は王立船員病院として建築されましたが、1873~1998年には王立海軍大学として利用され、現在はその建物が「ペインテッド・ホール」「ビジターセンター」「礼拝堂」「グリニッジ大学」「トリニティ音楽カレッジ」となっています。この内「ペインテッド・ホール」「ビジターセンター」「礼拝堂」が観光地となっており、見学できます(トリニティ音楽カレッジからは、演奏が聞こえてきました)。
中でもバロック様式のペインテッド・ホールと新古典主義の礼拝堂の内装の美しさが有名です。ペインテッド・ホールは有料になりますが、日本語オーディオガイドも付きますので、時間があれば見学することをおすすめします。
施設は多くの映画のロケ地としても活用されているらしく、パイレーツ・オブ・カリビアンのワンシーンでは、ペインテッド・ホールが登場します。
実際に「旧王立海軍大学」のペインテッド・ホールを観光してみた(所要時間90分ほど)
ペインテッド・ホールの入場方法
先述した通り、「旧王立海軍大学」は複数の建物群となっているため、その内の一つがペインテッド・ホールのある建物になります。入口がわかりにくいため、Googleマップで場所を掲載します。
入口はこんな感じでこぢんまりとしています。私は一度素通りしそうになりました。
中に入ると、階段を下った先にお土産コーナーとレストランがあり、お土産コーナーのカウンターが入場のカウンターにもなっていました(ビジターセンターでも対応してもらえるそうです)。
カウンターでスマホの予約画面を見せたのですが、私は何故かすんなりと入れませんでした(若干予約時刻より早かったから、そのせい?)。結局私が英語をほとんど喋れないと判断したスタッフさんが、スマホを受け取って一人で処理をしてくれたので、無事奥へと進むことができました。
ちなみに、入場券はリストバンド式。自分でつけるのではなく、カウンターの人に着けてもらいます(自分でやろうとしたら、身振り手振りで「手をグーにして伸ばして!」と言われました)。
ペインテッド・ホールの階段前
お土産コーナーとレストランの奥にある扉を抜けると、小さな展示スペースと、オーディオガイドを受け取れるカウンターがあります。
こちらは、カウンター前にあったグリニッジ宮殿(プラセンティア宮殿)の遺構。グリニッジ宮殿は、グリニッジ天文台が建設された際に取り壊されたそうで、旧王立海軍大学はその跡地に立っています。
上の写真は「ビーボール」と呼ばれる冬眠中のミツバチを保護するためのものと考えられるそうです。養蜂は、宮殿や修道院の生活において、蜂蜜の他、蝋燭、ワックスの材料として重要な役割でした。
オーディオガイドの利用方法と返却方法
オーディオガイドは無料で利用可能です(入場料に含まれています)。
ロンドンの観光地でよくあるタイプと同様で、赤いストラップ部分を首にかけ、ヘッドホンで音声を聞きながら、画面で画像を見たり、タッチパネルで操作する感じです。
返却の際は、受け取ったカウンターで回収しています。誰もいなければ使用済みを入れるっぽいケースに入れればいいと思いますし、人がいる時は向こうから「ここに入れてね!」って感じで、ケースを差し出してくれました。
ペインテッド・ホール
階段を上がると、直ぐにペインテッド・ホールに到着します。
フロアは玄関側から「玄関ホール」「ロワーホール」「アッパーホール」「ネルソン・ルーム」の4つにわかれます。
ペインテッド・ホールはイギリスのバロック装飾絵画の中でも最高傑作と言われています。描いたのはジェームズ・ソーンヒル。ソーンヒルは、1715年に同じくロンドンの「セント・ポール大聖堂」の装飾画も依頼されており、1718年には宮廷画家に選ばれ、 1720年にジョージ1世からサーの称号を付与されました。ちなみに、ニュートンの肖像画も描いています。
ホール内には、ガイドブック(英語)も置かれていました。上の写真は、アッパーホールにあったものです。英語が得意な人は、これを読みながら鑑賞した方が、オーディオガイドよりも詳細な内容がわかるかと思います。
玄関ホール
上の写真は、玄関ホールの天井を撮影したもの。写真の通り天井はかなり高く、約30mの高さのドーム型の天井になっています。ロンドン内でもこの高さはなかなかありません。
ちなみに、壁面や柱、天井などは全てトロンプ・ルイユ(だまし絵)の技法で描かれており、柱の凹凸に見える部分は、全て絵画です。
玄関ホールの壁には、寄付者と寄付金額が描かれていました。
ロワーホール
上の写真はロワーホールです。ペインテッド・ホールといえば、この部分が有名かと思います。中央の赤いベンチのようなスペースでは、寝そべって天井画を楽しむことができます(上の写真でも一人寝ています)。
上の写真は、天井画の玄関ホール側です。中央下にある船は戦利品を積んだ船で、スペイン継承戦争におけるジブラルタルでのイギリスの勝利を表しています。
船の下の3人(わかりにくいですが……)は、イギリスの3つの河川(貿易力の為に重量)を表し、更に船の左下にいる天文模型を持った男はコペルニクスで、当時の科学技術力の象徴でもあります。
上の写真は天井画の中央部分。中央やや左にいる王冠を被った男女がウィリアム3世とメアリー2世です。足元にいる短い剣を持っているのは王の命を狙う暗殺者かと思いましたが、正体はフランス王ルイ14世で、折れた剣を持っており、敗北を表しているそうです。
円形の淵には季節を表すように星座を象徴した人物が並んでいます。その中に紛れて、王の左下辺りにいる白髪の人物はジョン・ウォーリーという王立病院最古参の海軍年金受給者です。彼は度々酒の飲みすぎでトラブルを起こしていたとか。
楕円形の下の淵で棍棒を持っているのがヘラクレス。その左隣で槍構えているのがアテナ。絵画にはこんな感じでギリシャ神話の要素も入っています。二人は下から這い上がる悪徳を駆逐する役割を持って描かれています。
中央の船は「ブレナム」という名で戦利品を積んでいます。ブレナムと言えば、スペイン継承戦争における「ブレンハイム(ブレナム)の戦い」。この戦いでも、イギリスはフランスに対して大勝をおさめました。ちなみに、この戦いの功績で、マールバラ公ジョン・チャーチルがアン女王から与えられた「ブレナム宮殿」は、ロンドンから日帰りで行ける範囲の世界遺産です。
この絵画でも、船の下には河川を象徴する3人がおり、また周囲には当時の科学技術を示すモチーフが並んでいます。左下の天体望遠鏡を持っている人物は、ガリレオ・ガリレイを表していると推定されていますが、彼が持っている天体望遠鏡自体は、絵画が書かれた1700年代初頭のものだそうです。
アッパーホールへの入り口あたりの天井。彫刻とトロンプ・ルイユの絵画が見事に融合しています。
アッパーホール
上の写真は正面の壁画。こちらの壁画も、色々な意味が込められています。
アン女王が相続人がいないまま亡くなった際、ジョージ1世は王位継承順位が非常に低かったにも関わらず、1701年に制定された王位継承法でカトリック教徒が王になれなくなったことにより、上位50人以上を飛び越えて、国王として即位しました。
ちなみに、この王位継承法は2015年に314年ぶりにルールが改定され、カトリック信徒との結婚による王位継承権の喪失の条項などは撤廃されました。
国王左下の子供たちは王家の血統が安泰であることを象徴し、左上の金貨は黄金時代の再興を象徴しており、国王の権力や安定性を象徴した絵画となっています。ただ、現実はそう順風満帆な状況ではなく、ジョージ1世の戴冠式の際は、イングランドの20か所以上の町で戴冠式暴動が発生しました。
ジョージ1世はドイツ育ちだったため、当初は英語が喋れず、民衆からは嫌われ、英語を学ぼうともしない王だと思われていたそうですが、1720年代頃の文書が英語であった事から、在位中に英語能力を習得したと考えられています。
絵画の階段右側にいるこの方。作者のジェームズ・ソーンヒルです。
全く説明はありませんでしたが、絵画右側にいる天使(子供?)が、やたら顔がおっさんっぽかったです(他の子どもはもっと子供っぽい顔なのに……)。
上の写真は天井画。円形の中に入っている二人はアン王女と、その配偶者であるデンマークのジョージ王子です。アン王女が子供を持たずに亡くなったため、ジョージ1世が王位継承する流れとなりました。
天井画の四つの辺は、上の写真で時計回りに「アフリカ」「アジア」「ヨーロッパ」「アメリカ」を表しています。
アッパーホールに入って、右側の壁画は、ジョージ1世がイングランドに到着した際の情景を表しています。堂々たる登場シーンとして描かれていますが、現実は霧の夜にパッとしない感じで到着したそうです。
反対側の壁画。こちらは1688年に王位継承の為にやってきたウィリアム3世の到着を表しています。戦争での功績も持ち、名誉革命を経て即位したウィリアム3世と対比する事で、ジョージ1世の権威を象徴しようとする意図があったものと思われます。
ネルソン・ルーム
ここまででソーンヒルによるペインテッド・ホールは終わりますが、最後に「ネルソン・ルーム」と呼ばれる部屋があります。
ここは、トラファルガーの戦いに勝利し、またその戦いで戦死したネルソン提督の遺体が1805年12月24~1806年1月4日まで安置されていた部屋です。その後、ペインテッド・ホールにネルソンは横たえられ、1月5~7日の間で、数万人が追悼のために訪れたそうです。
ちなみに、ネルソン提督は戦死してからここに運ばれるまで、腐敗を防ぐために当時最高級のコニャックの樽に入れられて運ばれていたらしく、オーディオガイド曰く、有名なエピソードらしいです(たぶん、イギリス人にはですが)。
ネルソンの棺は、セント・ポール大聖堂まで運ばれ、その際に利用された馬車は1820年までペインテッド・ホールに展示されていたそうです。
ちなみに、セント・ポール大聖堂はロンドン中心地にある教会で、ネルソンの墓は地下にありました(入場料はかかりますが、日本語オーディオガイドもあります)。
ペインテッド・ホール下にあった部屋(THE SKITTLE ALLEY)
階段を下り、オーディオガイドの返却をした際、先に掲載したグリニッジ宮殿の遺構である「ビーボール」を挟んで、出入口の反対側にトイレのマークがあったので、ちょっとそっちに向かってみました。
すると、トイレだけでなく、小規模ですが展示スペースがありました。
当然、英語解説しかないので、イマイチ何なのかわかりませんでしたが「グリニッジ王立病院の年金受給者」関連の展示らしいです。
1704年には300人だった年金受給者は、1814年には3710人まで膨れ上がり、1869年まで旧王立海軍大学の敷地の建物が、年金受給者の本拠地として利用されていました。
展示には、冗談交じりな感じで、年金受給者の平凡な1日に情報もあり、起床は5時、就寝は21時で、礼拝に毎日いかないと罰金があり、ペインテッド・ホールのツアーをやってお小遣いを稼いだりしていたそうです。また、年金受給者の家族は病院内で道教ができなかったため、近隣に住んだり、病院の看護師として雇用されていたこともありました。
19世紀半ば頃のグリニッジには、最大で88軒のパブがあり、丘の上の公園(グリニッジ天文台があるあたり)では、望遠鏡を訪問者に貸し出して小遣い稼ぎもできたそうです。ただし、病院生活自体の退屈さは問題となっていたそうです。
で、暇つぶしのためか、古のボーリング場がありました。
この他に、当時のペインテッド・ホールのミニチュア模型も展示されていました。天井画は現在と同じような感じですが、ケースの反射の関係でうまく撮影できませんでした。
「旧王立海軍大学」のその他の観光地
礼拝堂(聖ピーター&聖ポール礼拝堂)
旧王立海軍大学の見どころのもう一つが礼拝堂です。こちらは無料。私は見過ごしてしまいましたので、写真が気になる方は公式ページをご確認ください。
礼拝堂は、グリニッジの王立船員病院のためにクリストファー・レンが設計したものの一部です。1779年に火災があり、その後ジェームズ・スチュアートによってネオクラシック様式で再建されました。
チャペルの天井は、ジョン・パップワースによって、正方形と八角形のネオクラシカルなデザインで設計され、青と金のコントラストが美しいです。
礼拝堂の西端にあるオルガンは、1798 年に有名なオルガン設計者であるサミュエル・グリーンによって作られました。
祭壇画はベンジャミン・ウエストによって描かれたもので、聖パウロの船が難破し、マルタに漂着した際の物語が描かれています。
現在も現役の礼拝堂であり、イベント、コンサート、結婚式が開催されていることもあるそうです(詳細はこちら)。
ビジターセンター
こちらは目の前を通過しましたが、時間も無かったので中までは見学しませんでした。
実は、ここでも無料で歴史的な展示が行われており、時間に余裕があれば訪れても面白い施設かと思います。
ちなみに、手荷物預かり所もあるので、荷物が多い人はまずはビジターセンターによって荷物を預けておくという選択肢もあります。
旧王立海軍大学の辺を観光するなら?
旧王立海軍大学を含む世界遺産「海事都市グリニッジ」の他の見どころは、主に以下の4か所になります
10:00~17:00までフルで利用し、昼食の時間を短めにすれば1日で全て観光する事は可能です(私も、実際やりました)。
ただし、1か所あたりの観光時間が短くなってしまう為、じっくり見てみたいなら2日以上かけるつもりで行動した方がいいでしょう。
ちなみにカティーサークとグリニッジ天文台がセットで予約して割引されるため、じっくり観光する場合もこの2か所は1日で一気に見学するといいでしょう。
一方、じっくり見学すると一番時間がかかる「国立海洋博物館」は、特別展以外は無料なため「1回目は無料の施設はサクっと観光しつつ全体を巡り、気に入ったら無料の施設をじっくり見学するため再訪する」といった選択もありです。
海事都市グリニッジで必要だった英会話
- チケットを見せるとき:Hello
- ペインテッド・ホールのカウンターで予約画面を見せた時:Can I use this ticket?
- カウンターで対応して貰ったり、オーディオガイドを返却するとき:Thank you
- オーディオガイドを使って問題ないか確認した時:Can I use this?
今回は「Can I use this ticket?」と「Can I use this?」と、英会話らしいやり取りが発生しています(中1レベルですが……)。
普段は、スマホの画面を見せつつ「Hello」というと、細かな事を言う前に相手が対応してくれるのですが、今回はカウンターの人の反応が薄く、結果的に「Can I use this ticket?」という会話が発生しました。
更に「Can I use this ticket?」と言った後に何か英語で言い返され、ダメっぽい雰囲気が出たのですが、理解できずに「あー、えーっと……」と、日本語で言いながら英語を考えていたら、スタッフさんがスマホを受け取って、色々操作してくれて結局は入れました。
入る際はリストバンド的なものが入場チケットの代わりになります。これを付ける際も、自分でつけようとしたら、スタッフさんつけてもらう必要があるらしく、色々英語で言われました(もちろん、理解不能)。結局、身振り手振りで「手をグーにして、腕を伸ばして!」と指示され、無事付けてもらえました。
こんな感じで、英会話をしたのだけど、結局返答がわからず、意味不明のままスタッフさんが対処してくれて完了するパターンも、ロンドンの旅行では度々ありました。次回はご迷惑かけないよう、もう少しマシな英語力を付けたいです。